正ちゃんがこんなに美味だとは知らなかったのです!
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2-5
2008-03-20 Thu 20:06
 翌日、憬惺が木製の義手を男に取り付ける事にした。ようやく右手の傷からの出血が収まりつつあったからだった。
「どうかね? 動かせるかね? 」
「先生…、それはいくらなんでも無茶じゃ…。」
朱梛が半ば呆れた表情で憬惺の所作を見守っていた。
「霊木と符で拵えてあるから使えるようになれば普通の手と変わらず動かす事が出来る。尤も、出来ればの話だがの。」
作業を終えた憬惺は徳利から酒を湯飲みに注ぎながら言う。
「もう歩けるんじゃろう? ならちょっとは外の空気と日光にでも当たって来たらどうかね。流石に四六時中辛気くさい顔されると困るな。――朱梛、着いていってやりなさい。」「はい、先生行ってきますね。」
そう言うと朱梛は押し黙った男を連れて小屋の外に出て行った。

「この場所では時間の流れが現世とは違うのですよ。実にゆるやかに時が流れるので迷い込まれた人は数年でも現世では数十年ですから…、大変な事になる人もおられるようで…。」
朱梛は必死に男に様々な事を語って気を紛らわせようとするが、表情は暗いままだった。「自分は若いままで他の人が歳を重ねてしまうと…、悲しいですよね。」
朱梛がそういう話題になった時、男の歩みが止まった。
「例えば――、例えば自分の想った相手が自分を置いて逝ってしまうとして――、君ならどうする?」
朱梛も歩みを止め、数歩男に近づくと少し男を見つめて考えた後で、
「私なら、その方がもう一度この世に生を受けるまで待ちます。もし、自分の肉体と言う入れ物が滅んでも太極に戻りまた生を受けるものですから。そして私も逝くとしても何時か必ずその方と一緒になります。」
まっすぐな瞳で男を見つめながら言う。
「でも――、精霊の身では現世で人と繋がりを持つ事は叶いませんし、人になる事も出来ませんがね…。」
そう言うと朱梛の表情はにわかに曇った。
「そう言えば…、貴方のお名前を聞いた事無かったですね。教えて頂けないですか?」
少し男を上目遣いで見ながら朱梛は言う。
「――、磬鸞と呼んでくれ…。」
「磬鸞…、変わったお名前ですね。」
「字だよ。君が桃花源で俺を見付けた時、確かに俺は死んだ。嫣舜を愛し、ただそれだけを夢見てた男は死んだんだ――。磬鸞というのは天子であっても俺の復讐の気持ちは変わらない。そういう意味なんだ。」
朱梛は磬鸞の言う意味が解らなくも無かったが、磬鸞の発する激しい感情の流れに言葉が出なかった。
「磬鸞…さん。恨みや憎しみの気持ちは解ります。ただ…、憎しみからは何も生まれはしませんし、亡くなった方たちはそんな事は望んでいないと思います。」
細い目尻から涙を浮かべながら朱梛はそう言った。
「解ってるさ…、でも焼き付いているんだよ――。とても言葉にできないようなあの光景がね。目を閉じればその光景が離れられないんだ。」
そう言うと磬鸞は悲しい笑顔を朱梛に見せた。朱梛はまるで胸を締め付けられているような感覚に襲われた。
「そう言えば…、君は他の精霊とは少し違うような気がするね。他の精霊達は奔放に歌い踊るように見えていたんだが…、好きなのかい…?」
「あっ、はい! 仙術とは真理に近づく為の学問ですから…、楽しいですよ!」
朱梛は我に返ってそう答えた。
「はは…、真理か…、そんな事考えた事はなかったな。ただ…、寒さに凍えず、飢えず、幸せに暮らす事を願う事しか思い付かなかったよ。」
「そうですか…、でも真理に通じるものとは、あらゆる学問に繋がるものなのですよ。」
「なるほど…、憬惺師とは、どういう方なんだい?」
「先生は元は天界の軍師だったと聞いています。知識は医術から宿曜まで幅広く、今でも並ぶもの無し、ともされているそうで…。」
朱梛はまるで自分の事かのように誇らしげに熱く語った。
「やはり、憬惺師に教えを請うより道はなさそうだな…。」
そう磬鸞は独り呟いた。
そうして二人はまた歩きだしたが朱梛は必死に憬惺の逸話をなにやら語り続けている。桃の並木が咲き乱れ、白い花吹雪がざあっと辺りを舞っていた。朱梛が並木の根に足を引っかけ、そのまま磬鸞の背にもたれかかるようにして倒れ込んでしまった。
「あう…、すいません。」
「いいさ…。」
改めて人の温もりに触れる事で朱梛の中にはそれまで感じた事の無い感情が芽生えていたが、朱梛はその事に気付いてはいなかった。小鳥の声が騒がしくなく、そして静かに辺りに聞こえていた。
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2-4
2008-03-14 Fri 18:22
「ずっと…、眠ってますね…。」
黒い髪を後で団子のように纏めている少女がぽつりと呟く。
「流れた血の量が多すぎるからの…、ま、どうしてこんな男を拾ってきたのやら…。」
小兵の老人が豊かに蓄えた髭を触りながら呟く。
「それは…、何やら訳ありのようですし…、何よりも未練や怨念を持って亡くなった人間は成仏できずに彷徨うのでしょう? それはあまりに不憫なので…。」
囲炉裏の側で座っていた少女は膝の上に置いた手を握りしめながら言った。
「ま、今は辛うじて命を繋いでおるがどうなるか解らん。
 それに――、それに生き延びた所でこの男はどうするのかの。」
湯飲みに入った酒を大いに呷りながら老人は言った。


男は自らの希望を反映した夢の中に居た。故郷に戻ればそこに幸福が待っているはずだった。嫣舜との慎まやかな結婚の宴――。しかし、その夢はやがて桃の花弁が一面に舞い遮られた。嫣舜が遠く遠く離れていくように見える、咄嗟に男が嫣舜の名を呼びながら手を差し出すが、自分の右手はどこかに落としてきたかのように無くなっていた。
「嫣舜…!」
男は声を荒げて目覚めた。酷い眩暈と頭痛に襲われるが、囲炉裏の反対側に居る人影が軽く「ひっ」と言った声で我に返った。小屋の中にも桃と酒の香りが漂い、僅かながら小川の流れる音が聞こえていた。恐る恐る人影は男の方に近づきながら、
「良かった…、気が付かれましたか。」
桃色の基調とした民族衣装のような衣服は所々茶色の装飾がされていた。目は細めで頬はうっすら赤味が差していた。
「ああ…、ここは…?」
「ここは桃花源と言って、現世の人が桃源郷、と呼ぶ所です。」
「なんだって…、そんな所が…。」
男は呆気にとられた表情になった。
桃源郷――、桃の花が咲き乱れ、いつも春のような気候で川には酒が流れ楽園のような世界だとされる。人々の渇望が生み出した空想の産物だと男は思っていた。
「申し遅れました、私は朱梛と言います。」
そう言いながら男の方へ向かおうとすると足下にあった徳利を引っかけ躓きそのまま男の方へ倒れてきた。男は咄嗟に受け止めようとした時、自分の右手が無い事に気付いた。
「あ…、すいません。」
朱梛は耳まで真っ赤にしてすぐに男から飛び退けたが、男は右手が無く、そして時折疼く痛みが自分が感じた地獄のような光景が現実のものであった事を認めざるを得なかった。それはまるで触れただけで切れてしまいそうな刃物を喉元に突きつけられている感覚に良く似ていた。燃え落ちる村も、友や親の死も、そして嫣舜も――。男は大切な事を思い出した。焼け跡から見つけた腕輪、自分のものは右手と共に消えてしまったが、嫣舜のものであった腕輪は自分が持っていたはずだった。
「腕輪…は、知らないかな?」
男は照れている朱梛に構わずに訊いた。
「腕輪ってのはこれの事かのー、相当強い力で握ったままじゃったから剥がすのに苦労したぞい。治療に邪魔なんで儂が預かっておったわ。」
男の背後には何時の間にか小兵の老人がいた。そう言って手渡された腕輪は煤けていたのが嘘のように美しく磨かれ、傷も無くなっていた。
「これは…、貴方は一体…。」
「先生、何処にいってらしたんですか!」
朱梛が老人の所に駆け寄って言う。
「はは…、ちょっと酒を汲みにな…、儂は憬惺。世捨て人よ。」
「そんな…、道術、医術、果ては宿曜まで通じて天界の軍師までされていた方が…!」
「宮仕えはもうまっぴらさね。今はただの飲んだくれ爺じゃよ…。」
憬惺と名乗る老人は真っ白い髭を撫でながらにたりと笑った。
「導師様、ですか?」
老人の横で朱梛がこくこくと激しく首を上下に揺すっていた。
「私の命を救って頂き有り難く思います。無礼とは思いますが…、出来れば私めに退魔の法を教えて頂けないでしょうか!」
男はその場に傅き憬惺に向かって言った。腹の底から声を絞り出すかのような意気だった。
「残念ながら、それはできん。お主、仇討ちを考えておるのだろう? 折角拾った命だ…、しばらくここに逗留して構わないから傷を癒しながら良く考えてみるがいい。お主が生き残ったと言うことは生きて何かをせよ、という天命だとは思わぬか?」
憬惺はそう言うと徳利の酒をそのまま呷り呑んだ。
「それは解りますが…、それでも私にとってはそれが全てなのです…。」
「仇討ちなんてやめとけ、やめとけ…、お主は普通の人の身には入る事すら叶わぬ場所に居るのだから少しは楽しんだらどうだ? ま、朱梛のような精霊風情では恋心も沸かぬかの?」
白い髭に隠れた口を大きく開けて豪快に憬惺は笑う。
「せ、先生…。」
朱梛はさらに指先まで茹で上がったように赤くしてその場所から立ち去ってしまった。
「しばらく、此処に留まり今後の事を考えさせて頂きます…。」
男はそう言うとその場で深々と頭を下げたが、その表情は苦虫を噛みつぶしたような表情だった。
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2-3
2008-03-13 Thu 07:41
 その時、炎の中で何かが動いたと思った刹那、男の右肩に熱い感覚に囚われた。その熱さは次第に灼けるような痛みに変わり、湿った音を立てて自分の赤黒い鮮血を捲き散らす。左手で咄嗟に痛みの場所を握ると右肘から上のあたりまでの部分が丸ごと千切れていたのが解った。
 炎に照らされた中で緑色の鱗に覆われた牛頭人体の化生が自分の右肘を美味そうに囓ると何処かへと飛び去っていった。男は自分の衣服で傷を縛り止血すると煤にまみれた腕輪を懐にしまうと飛び去った方向へと物凄い勢いで走りだした。行くべき場所など知る由も無く――。
 ただ一つの場所に留まり朽ちるよりは少しでも自分にとっての仇へと近づく事で自分の憤りを晴らしたいと男は考えた。
 枯れた木の群生する森の中を走る中で男は自分の両親の事、そして愛しい嫣舜の事を走馬燈のように思いだしていた。村は遙か遠く、辺りは闇に包まれただ自分の枯葉を踏む音と猛禽類の声だけが寂しく木霊していた。
 男の走ってきた後には大きく間隔が空いた血痕が標され、男の喉は渇きまるで張り付いたような感覚に囚われる。思考は鈍く、そしてどうしようもない寒さに囚われていた。
 視界が少しずつ狭くなっていく中で男はぼんやりと淡く光る中で女性のような影を見た。
「――嫣舜。」
男がそう呟き影に向かって手を伸ばしたが、そのまま意識が途絶え、無限にも続くような浮游感の中へと堕ちていった――。
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2-2
2008-03-10 Mon 17:35

 それから暫くしてある天候の良い日に男は都へと向かった。男の門出を祝う為に貧しい村はにわかに活気づいた。
「待ってるからね…、今よりももっと綺麗になって貴方を待つからね…。」
そう言って嫣舜はまた男を熱く抱き寄せた。
 文すら届くかどうかわからない時代で二人を繋ぐものは男が作った揃いの銀の腕輪だけだった。それでも心は繋がっていると信じて疑う事は無かった。
 男は都に付くと宮付きの鍛冶に住み込みで働きながら銀や金と言った貴金属の精練技術や宝石の熱処理や加工技術も学んだ。
 そして、そうした中でも交易というものが自分の故郷にとって大きな助けになると言う事に気付いた。
 宮付きの鍛冶という事は実用も兼ねながら美麗な武器も求められ、その知識が装飾加工にも役立つ、と思った。
 当時は蚩尤と黄帝の戦いが激化し、蚩尤の一族が用いた武器を持ち帰っては研究に使われた。そもそも「五兵」と呼ばれる槍、刀、弓などの現代では珍しくもない武器は蚩尤が伝えたとされる。そのため蚩尤は戦神としての側面も持ち合わせていたと言われている。
 男は朝起きて鍛冶場にて働き、夕方から交易について学び、夜は精練について学んだ。友は無く、酒や色や博打に手を出す事も無かった。男の盲目的な努力も故郷への愛情とひとえに嫣舜への想いから成せる事だった。
 郷愁の感情は少なからずあり、また日々の暮らしも辛くないと言えば嘘になった。それでも少しでも嫣舜にとっての幸せを考えれば学ぶ事、すべき事は沢山あった。それでもどうしようもなく辛い時には銀の腕輪を握り締めて嫣舜の事を想う事で紛らわせた。
 二年の歳月は瞬く間に流れ、男を一際逞しく成長させた。学んだ事から男は故郷にて産出される鉱石を使い、賞品価値のある装飾品として加工し、それを都にて交換や販売する事によって慢性的な食物の不足や暖房の為の燃料に使える、と算段していた。
 帰郷の数日前に黄帝と蚩尤の戦いは黄帝が神の力を借り天候を変え、ついには蚩尤を討った事で終結したと報があり、都は凱旋と勝利の宴で賑わっていた。そんな中で男は来た時と同じ僅かばかりの手荷物と見送られる者もなく、ひっそりと都を後にした。
 
 足取りは速く、故郷へと向かっていた。そして故郷に近づいた時、故郷近くの岩山が夜だと言うのに赤く光っているように見えた。否、光っているのでは無かった――。
 見慣れたはずの村は乾き爆ぜる音を上げて燃えていた――。
 岩山はその炎を反射して赤く見えていただけだった。男は渦巻く炎を避けながら村の中を走る。途中動くものは無く、道には焼けただれた死体や千切れた肉塊が焦げた状態で飛散していた。顔や特徴があるものはどれも知った人間であるとわかった。男は激しい嗚咽を漏らしながら自分の生家へと向かう。
 火の粉を上げながら燃える自分の生家の側に黒く変色した炭のようなものが二つ――。抱き合うような形で横たわっていた。男は泣いているのか怒っているのかも解らず激しく声をあげながら周辺を見回す。
 炎の中、煤こけた銀の腕輪を発見した時、男は半狂乱になり激しく声とも叫びとも解らない絶叫を上げていた――。
――絶望と恐怖と悲壮――、全ての負の感情が男の中で激しく爆ぜていた。
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2-1
2008-03-09 Sun 17:00

――約束だよ…。
  必ず、必ず私を…、迎えに来てね…。

――二年…なんてすぐだから…。
  ずっとずっと…貴方を想って綺麗になるね…。

――だから、だからずっと私だけを見ていてね…。

――愛してるよ、    ――。


  2 / 遠 い 約 束

 月明かりすら無い闇の中を男はひたすら走っていた。周囲には男の激しい息遣い、そして枯れ草や落ち葉を規則的に踏む音と猛禽類の声が時折聞こえていた。
――一体、何処へ? 
 足取りは定まらず、時折原生する木に当たりそうになる。
「――嫣舜……。」
そう言って男は銀細工の腕輪を握りしめた。


 男はとある寒村に産まれた。貧しい村で、冬に飢える事もしばしばで、唯一宝石の原石と金属が採れる事以外何も目立ったものも無かった。男には将来を誓った女性がいた。名前を嫣舜と言う、普段はとても素朴ではあったが芯の強い女性であった。その心根を表すかのようなまっすぐな漆黒の黒髪と少し切れ目の端整な顔立ちで、男とは幼馴染みだった。 冬の身を裂くような寒さの中、ある満月の夜に凍てついた湖畔で嫣舜が木製の横笛を演奏していた。雲は少し満月にかかり、空気は澄み渡り静寂の空間の中嫣舜の落ち着いた調べが湖畔一帯の空間を支配していた。男は心静かに演奏を聴いていた。
「なあに、お話って?」
一通りの演奏を終えた嫣舜は笛を獣の毛皮で仕立てられた上着の懐にしまいながら言った。
「俺さ…、街へ出ようと思うんだ。」
倒木に腰掛けていた男は少し思い詰めたような顔で言った。
「どうして…? ここの暮らしに飽きたの?」
嫣舜は男の横に腰掛け、男を覗き込んだ。
「違うんだ…、貧しい村だけど、ここは俺の産まれた村だ。そして君の産まれた村だ。容 易く捨てる事なんてできない。だけど――、」
男は少しうつむいて続けた。
「だけど、俺は君の為に生きていきたい――。」
そう言ってそっと、まるで崩れ落ちる灰を抱くように嫣舜を抱きしめた。互いの防寒着がぬくもりを遮るが、お互いの吐息が熱く首筋にかかる。
「愛してる…、自分の事よりも家族の事より、何よりも嫣舜のことを――。」
そう言うと男はそっと嫣舜に唇と唇を重ねるだけのキスをした。
上気した顔で嫣舜は男をまっすぐに見つめていた。
この時男が一六歳、嫣舜は一四歳だった。
男は懐から二つの銀細工の腕輪を出した。一つには赤と黄と緑の猫目石が入れられ、もう一つには桃と青と黒の猫目石が入っていた。
「二年間、街で学んだら帰ってくる。この村がせめて寒い冬でも飢えないよう、そして君 をずっと守れるようになってくるよ。だから――、」
そう言って赤と黄と緑の猫目石の入った腕輪を自分に付け、もう一つを嫣舜に差し出し、
「戻って来たら、結婚して欲しい――。」
と言った。
花が急に開いて香り立つように嫣舜は笑って、
「やっと言ってくれたね。ずっと――、
 ずっと待ってたけど貴方はいつも私の欲しい言葉を伝えてくれないから…、
 どうしようかと思ってたんだから――、莫迦…。」
そう言って今度は嫣舜の方から男を力一杯抱きしめた。
白銀の月が優しく二人を照らし、星空は手を伸ばせば届きそうな程に澄んでいた。

――時は紀元前、遙か三皇五帝の時代。
 世には魑魅魍魎の類が跋扈し、時として人を襲い、また人も化生に抗うべく術を求め、時として神の力を借り奇跡の如く化生を祓い、またある時は救いを求めた。
現代に比べ自然の力は偉大で、人々は自然、そして化生と闇に畏れを抱いていた。

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1-4
2008-03-06 Thu 04:00
「咲さん…ね、で、誰かの使いで来たのかな?」
翔は上から咲を覗き込みながらまるで子供に向かってそうするように言った。
「ふふ…本当に何も覚えてないのね…?いいわ。あなたに渡すものがあって来たのよ…。」
咲は口の端を少しだけつり上げながら言った。そうして咲は翔の左手を取り自分の人差し指を噛み切ると血で翔の掌に何か記号のようなものを書きながら、翔には非常に聞き取りにくい声で何か呪文のようなものを唱えはじめた。咲が何かを唱えると同時に翔の左掌から発火するような熱さが次第に手首へと、そして肘あたりまで広がっていた。途中、翔は反射的に咲の手を払おうとしたが、その冷たい手はか弱そうな外見とは裏腹にまるで物理的に咲の手と繋がっているかのように固定されていたのだった。
「はい、おしまい。これで貴方には《小狐丸》が憑いたから。
 そうね…試しに喚んでみてくれるかしら。『召』と言えば出るはずよ。」
翔は自分の掌を見つめてみたが先程の記号も血の沁みすら無かった。

――それどころか、咲の人差し指にも傷はなかった。
ひとまず翔は言われた通りに左手を差し出し、唱えてみた。
「――召。」と。
その刹那、翔の左手には通常の打太刀よりは短い刀が握られていた。反りは深く、刃紋の整った美しい小太刀だった。
「これで《小狐丸》は貴方が喚べば貴方の手にある。
 元の体内に戻す時は『封』で戻るわ。」
「――封。」
翔がそう呟くと左手の中の小狐丸はそこに無かったかのように消えていた。
翔はいくつかの伝承の中で小狐丸の逸話は聞いた事があった。刀匠である三条宗近が朝廷より名刀の献上を依頼されたが思う程の刀が打てず、途方に暮れている折、宗近の氏神である稲荷明神が童子の姿で現れ宗近の相槌を打ち作刀を助け出来た刀であると――。しかし、当の小狐丸は消失してしまって現存しないと聞いていたが…。
「それでも貴方の手の中にある小狐丸は本物よ? そしてその霊性もね…。」
「…どうしてこんなモノを俺に…? 君は一体何者なんだ?」
胸の内を読まれたような気がして翔は背筋に氷を入れられたような気分を抑えながら言った。
「そしてもう一つ――。」
咲は指先で何かの文字か模様を描くように宙を切りながら、
「――我、妃なるもの姫護の名に於いて命ずる。
   幽世の扉を開き、西方の守護を担うものよ、我が元へ疾く来たれ。
   古よりの契約と盟約に基づき草薙翔の守護をすべし。
   来たれ、疾く来たれ、護領犬、山輝よ――」
低く、そして凛とした声が静かに辺りに響くと咲の後方の空間がまるで湯葉を捻るように拉げると、獰猛な咆吼をあげながら大きな犬のようなものが飛び出てきた。姿は秋田犬のようないでたちではあるが、大きさは四本足ながら翔の身長と同じ高さがあった。目は燃えるような赤色で、尻尾は二つに分かれていた。
「来たわね、山輝。これより貴方はこの者に憑き、そして護りなさい。」
「謹んで引き受け致します――咲様。しかし――。」
山輝と呼ばれた巨大な犬の化生は咲に平伏しながらちらり、と翔を見ながら続けた。
「未だ、この者咲様の望みを叶えるに相応しい者とは思いませぬ。」
「よい。いずれは知らねばならぬ事。そして知らねば――、死ぬまで。」
表情を僅かにも変えず咲は答えた。
「翔君、貴方はこれから知らなかった事を色々知る事になるでしょう。
 そして生きる為には強くなりなさい。
 ――強くなって…私を殺しに来てね…。」
そう言って咲の表情が僅かに陰りが見えた気がした。
「四神――守護獣は貴方が必要な時には現れ、不要な時には幽世にいます。霊剣と四神 を上手く使って自分の事をもっと知りなさい。」
「待ってくれ…、どういう事なんだ? 俺には何も思い当たる事なんてない。」
「いずれ…解る事よ。それが私の望みでもある――。」
咲がそう言い終わるかどうかという時、咲は霧に隠されるように消えていた。

 ――後に残された翔は呆然としてその場に立ち尽くした。
    一陣の風が吹き、残された麦藁帽子を何処かへ吹き飛ばしていった。
      後に残ったのは虫の声ばかり――。

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1-3
2008-03-05 Wed 07:06
 周囲は薄暗く空は紺から藍になり、山間のオレンジと混ざり合って果てしないグラデーションを醸し出していた。逢魔ヶ刻というのはこういう事を指すのだろうか、と翔が思いながら宿への道を歩いている時、何かが聞こえた気がした。
 翔は歩みを止めて辺りを見回すが、人影すら見あたらなかった。気のせいかとも思い、再び歩みを進めようとすると、今度ははっきりと誰かが呼んでいる声がした。

「――…翔…、」
翔は辺りを見回してみたがどこにも人影など見えなかった。
「…草薙 翔、こっちに来て…」
姿は見えないが声は聞こえる。不安とある種の恐怖を覚えながらも翔は声のする方に向かって歩んでいた。

 数分歩いて行くと、小高い丘一面にススキがびっしり群生しており、いつの間にかその背後には満月が大きく顔を覗かせていた。満月の中には人影が一人――。ざぁっと一筋の風が吹くとその人影の服と髪が少したなびく。その背後では無数のススキが踊っているようにも見えた。翔はその中を少しずつ影に向かって歩んでいく。月明かりがその影を照らした時、影の正体が少女である事に気付いた。おそらくは歳の頃一四~一六くらいであろうか。身長はやや小振りで、その低さにも劣らず細身だった。長い銀髪が月明かりの下でやけに白っぽく見える。肌の色は真っ白でまるで血が通っていないかのように思わせられた。つま先まですっぽりと隠れる長さのワンピースを身に包み、頭には少し小さな麦藁帽子が乗っていた。左手首には鈍く光沢のある腕輪が一つ――。無骨なデザインの腕輪の中に数カ所の青、桃、緑の猫目石が飾られていた。その腕輪を目にした時、翔はほんの一瞬だけの頭痛と、既視感に囚われていた。

「はじめまして、翔君。私は姫護 咲――。
  あなたを長い、長い間探していました――。」
先程聞いた声が改めてはっきり聞くと落ち着いた、と言うよりもむしろ冷淡な口調の低いトーンの声だった。
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1-2
2008-03-04 Tue 07:25
「ジャーナリストさんが、こんな辺鄙な所まで…何しに来なさって?」
頬を土埃で汚した歳のややいった小柄な男は訝しそうに商店の銘入りの手拭いで額の汗を拭いながら名刺を訝しそうに見て答えた。
「先日畜産関係で被害に遭われたとかで…、宜しければ現場でも見せて頂ければ、と思 いまして…」
少し細身の黒いジーンズに黒いジャケットを羽織ったやや短めのオールバックの男はサングラスを胸ポケットにかけながら少しはにかんだ営業用の笑顔を見せて言った。
「変わった人もおるもんだね…、ウチの牧場はすぐソコにあるから見てくとええわ。」
いつのものか解らない魔法瓶から麦茶を注ぎながら小柄な男は言った。
「すいません、助かります。」
黒ずくめの男は一礼すると踵を返して小屋に向かった。
見たかったもの、確かめたかったもの、それは整った厩舎には無かったが、すぐにそばの竹林で見つける事ができた。牛や豚の獣か何かに襲われた死体。夏場という事もありすでに凄まじい腐臭を放ち、虫が沸いていた。男は無言で一眼レフのシャッターを切り続ける。枯れ木で少し傷口を覗いてみるが、とても判断できる状態ではなかった。「なにか大型の顎」に囓られたと言う程度しか解らなかった。
 男の名は草薙 翔と言った。ジャーナリストとは言いながらも専ら怪奇現象やそう言った類の記事を雑誌に売り込んでは生計を立てていた。この場所――、古くは遠野と呼ばれた土地には家畜の変死体が頻繁に出ているという情報が入ったからだった。異能の力の為ではなく、自分の直感と感覚が僅かな文才と加算される事で収入になるからだった。
 それから暫く数件の農場を回って見たが、どこも特にこれといった手応えはなかった。

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1-1
2008-03-03 Mon 16:44
1.
――泣いている声が聞こえる。
   一体、誰の声なのか…
    胸の痛みは傷のせいなのか、
    それとももっと奥から来るものなのか…
      憎しみ?
         その理由は…?

――紅い、紅い、火が見える…。
    何が燃えているのか…
      痛い…、痛い…。
        心が…精神が…壊れていくのがわかる。

――約束…、とても大切な約束…。
    行かなければ…
    一体どこへ?
     大切な大切な約束…。
       でも思い出せない…。

――自分は…自分は、

   一体誰なんだ…?


 男は飛び起きてすぐに時計に目をやった。2時18分。虫の声が少し静かになっているような気もするが、虫の声よりも頭を激しく打つ頭痛に軽い眩暈を覚える。
 寂しい民宿の一室――。
奥の床の間の隅に背の大変低い黒髪の和服を着た少女がこちらを心配そうな表情で男の方を見ている。「座敷童」と呼ばれる妖怪だった。
 男は産まれた時から見えるはずのないモノが見える体質――、それは「第三の目」と呼ばれたり、霊感が強いと言われたりする。古くは「神隠しに逢い易き体質」とも言われていた。男はそうした異能の能力の為、しばしば疎まれ、疎外された。何時からか、こうした事を他人に言う事は無くなった。解っていることはこうした物の怪、化生といった類のものたちはそのほとんどは害意を持っている事が少ないということ、そして稀に害意を持ち凶悪なものはヒトを襲う、と言う事だった。襲われた人間の多くは原因の解らない行方不明、古い言い方をすれば「神隠し」にあった、とされる――。男は幸運にもそうした化生に遭遇する事はなかったが…。
「大丈夫だよ」と言うと、座敷童は少し微笑んで消えた。
 眠れないからと痛飲したアルコールが殊更頭を酷く痛めつける。だが眠れた所でいつも捉えようもない悪夢に苛まれる。男は薄い月明かりだけの部屋を数歩歩いてから外気を吸い込み、そして黒い小型のアタッシュケースからピルケースを取り出すと白い錠剤を口に無造作に放り込み、数回かみ砕いてからまた床についた。
 今度こそは嫌な夢に苛まれないように祈りながら…。
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| 正ちゃんを、おかわりっ! |
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