リアル、ネット、それぞれで若い子と付き合う事が増えてきた。
それは私が歳を重ねてしまっているせいもあるが…
最近の傾向として、明らかに変な事が増えすぎて困る。
常識が無い、大変無自覚に失礼、等々言い出すとキリが無い事ではある。
ただし、その原因というのは結局自己を省みる、という事が無いからでは、と思う。
いつもダラダラと何かしている、
裏を返せば深く考えるきっかけもなければ、深く考える能力も無い。
良くあるケースを揚げれば、私は言うこと聞いてます!と良く言う人に限り、
同じ事を繰り返す、という事だ。
つまりは失敗や欠点を揚げられてもそれを受け入れられない。
成長できない人間の共通点というものも実にシンプルだ。
「人の話を聞くことを「聞き流す」事と勘違いしている。」
「いつも言い訳を用意している」
「自分と向き合って、なおかつ目標が立てられない」
「自分はいつも頑張っている、と思いこんでいる」
こんな所だろうか。
言い訳も能書きも要らない訳で、要は成長する姿をこっちは見たい訳だ。
誰かが言った事ではあるが…
あと多いのが「何もわかってくれない癖に」等の開き直り。
コレが一番いけない。
結局、現在の自分なりを客観的に見た評価について述べているのであり、
その評価が世間一般では概ね全てではないだろうか。
世の中ではその人間の裏設定など読んではくれない。
他人の評価というものを冷静に受け止め、
賞賛を半分に、批判や忠告は真摯に受け止める。
できるようでこの事ができる人間は非常に少ない。
目標の設定が細かくできる人間は進歩も早い。
なぜなら進歩のできない人間とは具体的な目標を段階毎に立てる事ができないからだ。
大きな事を為し遂げようとする。
その為には何が必要であるかを熟知する。
さらにその必要な事を満たす為にどうするかを考察して目標を定める。
人に何かを伝えるのは言葉ではなく信用だと言ったがコレはどうだろう。
信用というのは特定人間に対せばそれでいいのかもしれない。
悪評があるなら信用なんてできない。
これは当たり前の事ではあるが…
ただ多くの場合は信用というのはあって無いようなものだと思う。
信用と理解は違うだろう、と。
不特定多数に向けてメッセージを発する場合なんて信用は基準にならない。
あくまで言葉に重みがあるかどうか、
読み手の精神を揺さぶるものがあるかどうかだ。
結局の所こちらはお節介焼きなので、
明らかにウザイと思われても仕方ない事も言う。
だがしかし、言って無駄なものはどうするか。
放置するに決まっている。
先々、相当痛い思いをしつつ、
その結果立ち直れなくなったとしても、
そういう状況でないと解らない人であれば仕方ない。
そういう時に泣きついて来ても…私は甘いからなんとかするんだろうが…
あと先日の会話であった事ではあるけど、
いくら親友の関係でもお金のやりとりなんてしないに限る。
こんな事は社会人なら誰でも知っている事だぞw
もし貸す時はあげるくらいの覚悟でないとダメ。
友達の数が問題ではない。
要は自分にとって相当厳しい事でも言ってくれる間柄の友達がどれくらいいるか、だ。
例えば間違った事を身体張ってでも止めてくれるようなね。
本音言うと厳しい事なんて言いたくはないし、
覚悟も要る。
押しつけにならないよう、理解できれば次へ。
そういう気配りが出来ないならできるようになるべきだと思う。
あと当たり前の事だが、
チャットやネトゲはモニタの向こうに生身の人間が居てる事を忘れてないかな、とも思う。
一言一言が足りない事がとてつもなく失礼になる事を忘れないように。
ありがとう、ごめんなさい、なんて5歳児でもきちんとしてるぞ…
そういう細かい事の積み重ねが君の好きな信用を落とす事になると思った方がいい。
それは私が歳を重ねてしまっているせいもあるが…
最近の傾向として、明らかに変な事が増えすぎて困る。
常識が無い、大変無自覚に失礼、等々言い出すとキリが無い事ではある。
ただし、その原因というのは結局自己を省みる、という事が無いからでは、と思う。
いつもダラダラと何かしている、
裏を返せば深く考えるきっかけもなければ、深く考える能力も無い。
良くあるケースを揚げれば、私は言うこと聞いてます!と良く言う人に限り、
同じ事を繰り返す、という事だ。
つまりは失敗や欠点を揚げられてもそれを受け入れられない。
成長できない人間の共通点というものも実にシンプルだ。
「人の話を聞くことを「聞き流す」事と勘違いしている。」
「いつも言い訳を用意している」
「自分と向き合って、なおかつ目標が立てられない」
「自分はいつも頑張っている、と思いこんでいる」
こんな所だろうか。
言い訳も能書きも要らない訳で、要は成長する姿をこっちは見たい訳だ。
誰かが言った事ではあるが…
あと多いのが「何もわかってくれない癖に」等の開き直り。
コレが一番いけない。
結局、現在の自分なりを客観的に見た評価について述べているのであり、
その評価が世間一般では概ね全てではないだろうか。
世の中ではその人間の裏設定など読んではくれない。
他人の評価というものを冷静に受け止め、
賞賛を半分に、批判や忠告は真摯に受け止める。
できるようでこの事ができる人間は非常に少ない。
目標の設定が細かくできる人間は進歩も早い。
なぜなら進歩のできない人間とは具体的な目標を段階毎に立てる事ができないからだ。
大きな事を為し遂げようとする。
その為には何が必要であるかを熟知する。
さらにその必要な事を満たす為にどうするかを考察して目標を定める。
人に何かを伝えるのは言葉ではなく信用だと言ったがコレはどうだろう。
信用というのは特定人間に対せばそれでいいのかもしれない。
悪評があるなら信用なんてできない。
これは当たり前の事ではあるが…
ただ多くの場合は信用というのはあって無いようなものだと思う。
信用と理解は違うだろう、と。
不特定多数に向けてメッセージを発する場合なんて信用は基準にならない。
あくまで言葉に重みがあるかどうか、
読み手の精神を揺さぶるものがあるかどうかだ。
結局の所こちらはお節介焼きなので、
明らかにウザイと思われても仕方ない事も言う。
だがしかし、言って無駄なものはどうするか。
放置するに決まっている。
先々、相当痛い思いをしつつ、
その結果立ち直れなくなったとしても、
そういう状況でないと解らない人であれば仕方ない。
そういう時に泣きついて来ても…
あと先日の会話であった事ではあるけど、
いくら親友の関係でもお金のやりとりなんてしないに限る。
こんな事は社会人なら誰でも知っている事だぞw
もし貸す時はあげるくらいの覚悟でないとダメ。
友達の数が問題ではない。
要は自分にとって相当厳しい事でも言ってくれる間柄の友達がどれくらいいるか、だ。
例えば間違った事を身体張ってでも止めてくれるようなね。
本音言うと厳しい事なんて言いたくはないし、
覚悟も要る。
押しつけにならないよう、理解できれば次へ。
そういう気配りが出来ないならできるようになるべきだと思う。
あと当たり前の事だが、
チャットやネトゲはモニタの向こうに生身の人間が居てる事を忘れてないかな、とも思う。
一言一言が足りない事がとてつもなく失礼になる事を忘れないように。
ありがとう、ごめんなさい、なんて5歳児でもきちんとしてるぞ…
そういう細かい事の積み重ねが君の好きな信用を落とす事になると思った方がいい。



